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「特定優良賃貸住宅」の賃貸契約における、通常損耗についての原状回復特約(通常損耗補修特約)について、賃借人に原状回復義務が認められるためには、契約条項に明記されているか、口頭での説明により賃借人が明確に認識しているなど、特約が明確に合意されていることが必要であるが、本件の特約は明確性を欠くと判断が下された事例です。
<事案の概要>
賃借人は、平成7年8月住宅供給公社と特優賃法及び公庫法の適用を受けるマンション一室の賃貸借契約を締結し、入居しました。賃借人が平成9年1月、本件賃貸借契約の終了により本件住宅を明渡したところ、住宅供給公社は敷金36万円余から、クロス貼替・玄関鍵取替等の住宅復旧費として、21万円余を控除し残額を返還しました。
これに対し賃借人は本件賃貸借契約には通常損耗分を賃借人負担とする趣旨の文言はなく、本件特約による新たな義務を負担する認識はなかったというべきであるから、本件特約にかかる合意は存在せず、本件特約は公序良俗に反するものとして私法上の効力を否定すべきである等と主張し、控除された金員の返還を求めて提訴しました。
本件の争点は
① 本件契約における補修特約は、通常損耗に係わる補修費用を負担する内容となっているか
② 上記①が肯定される場合、通常損耗に係わる費用を賃借人が負担する事は、賃借人に不当な負担となり、公序良俗に反していないか
③ 本件の補修個所及び補修費用は妥当であるか
の3点となります。
<判決の要旨>
建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下、「通常損耗補修特約」という)が明確に合意されていることが必要である。
また、本件契約における原状回復に関する約定を定める本件契約条項は有効であるが、本件契約ににおいては通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されておらず、同項において引用されている本件負担区分表の補修を要する
状況に係る「基準になる状況」欄の文言自体からも、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえない。
また、事前に行った入居説明会でも本件負担区分表の個々の項目について通常損耗補修特約の詳細内容を明らかにする説明はなかったことから、賃借人は本件契約を締結するにあたり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものということはできず、本件契約においては、通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできないとしました。
本判決では、通常損耗に係る補修費用を賃借人が負担するという特約は、詳細内容が明確に示され尚且つ合意があれば、契約自由の原則から有効であると判断しています。
原状回復に係わる費用は原則賃借人に負担させる事は難しいと解されていますが、内容、金額等を明確にし、更に合意がされていれば特約は有効とされる可能性があるとも考えられます。
但し、事例のように賃借人に予期しない特別な負担を課す特約を有効に成立させるには、条項自体にその旨が具体的に明記されており、さらに賃借人がその内容を明確に認識し、それを合意されていることが必要とされており、実務上でどこまで対応が可能であるか検証する必要があると思います。